メンタル壊してからこれからの人生を考えるblog

メンタルがいかれたので、それを克服するため、または、あきらめるためによしなしごとをヅラヅラ書き連ねるブログ

筋トレの成果が徐々に表れているんだが

最近「やせたね」

と言われる。結構な数で。

嫁も、子供の運動会で言われたそうだ。

旦那さん。なんかやせたね。髪も短いし。前の人と変わってないよね?

まだ、交換されていないし。

ポロシャツの紺色を着ると、さらに、痩せて見られる。

実は、体重はたった、2~3Kgしか変わっていない。

体の形が変化しただけだ。

 

もともと、筋トレは、「うつ」に効くと言われて始めたものだった。

去年の夏ごろは、一日おきぐらいに、1時間かけてみっちりしていたが、

今は、せいぜい週に2回、それも30分~45分ぐらいしかかけていない。

しかも、自宅トレ。

これだけ、続けられるとは、思ってもみなかった。

 

胸は盛り上がり、肩も丸く膨らんできた。

食事も酒もそんなに節制していないのに、太らない体に変化したようだ。

体が変化する⇒褒められる⇒なんかうれしい⇒さらにバーベルが上がる⇒以下ループ

という、相乗効果を生み出している。

 

不満は、腹回りだけ。ここだけが、どうしても、割れない。少しボタボタ。

しかし、これは分かっている。夜飲むのを控えればいいだけ。

そして、その時に食べるものを少し減らせばいいだけ。

しかし、全部をストイックにすると、今度は違うストレスがあるので、

ま、いいかと思っている。

今の所、私の体さらしときます。

体重64→61(目標現状維持)

体脂肪が23→17(目標13)

身長170弱(もう伸びない)

BMI 21(まあ、いいんじゃない)

 

40半ばから始めた、私でも出来たので、せっぱつまっている人なら

まず、続く。続かないと、生活が破たんするからだ。

・メンタルがいかれた人

・体に不調(病気)を抱えている人

・自分に自信のない人

などの人は、ぜひお勧めしたい。

 

「千日回峰行」と私

何度も言っているが、メンタルが異常に弱い。

強さとは、「何事も動じない心である」とずっと前から思っていた。

 

9回裏ツーアウト二死満塁で、ヒットを打つやつ。

0-5から、挽回してセットをとるやつ。

顧客のクレームに冷静に対処するやつ。

真逆の人間である。

昔から、チャンスに弱く、

何かあるとすぐに動揺し、

翌日のプレッシャーで寝られなかった。

 

そんな欠点をどうやって克服したらいいのか、わからなかった。だから、登山や

バックパッカーで海外放浪とか、テニスで試合に出るとか、いろいろやったが、変わらず今に至っている。

 

もしかしたら、空手とか、合気道とか、柔道とかザ・武道のほうが、よかったかなと

も思っている。そんな私が、非常に尊敬している人がいる。いや、もはや生きる神様がいる。それが「千日回峰行」をやり遂げた、塩沼阿闍梨である。

最近また、これをやり遂げた人が出て、ニュースになっていたので、知っている人もいるかもしれない。

 

大峯千日回峰行 修験道の荒行

大峯千日回峰行 修験道の荒行

 

 

「千日回峰行」は簡単に言うと、全48kmの山道(といってもほぼ登山)を一日も休まず、毎日午前0時に出発して、7年~8年かけてやり遂げる過酷な修行の事である。一日も休まずである(ただし、50日位は雪で閉山)走行距離は、地球一周分。睡眠時間は、約4時間。しかも、これだけではない。これをやって、仕上げに、「9日間飲まず食わず、寝ず!!??」という、荒行を遂げて、やっと、阿闍梨として認められる。

いや、もうこれ、やはり、神認定でしょう。

 

だから、去年とか、眠れない時とか、「大丈夫、塩沼さんは、9日間も寝なかった」思って、自分を励ましていた。

 

こんなことをやり遂げた人は、どこまでメンタルが上がるのだろうか。

寝られない。だるい。助けてくれ。と言っている私が恥ずかしくなる。

私が凡人で、決してジョブズや、本田圭佑ではないと知っているけれども・・・。

 

少しでも近づけるために、今から、瞑想します。

そして、たった8kmのランニングに出かけてきます

家を建てるか、という決意が揺らぐ

私と家の老朽化が激しい。

トイレは水もれ、床は抜け、ネズミは出没する。

嫁もそろそろ、キレ気味で、

「いつまでここにいるわけ?」とか、

私の神経をめくりあげてくる。

 

家を買うという方法が、今一つわからなかった。

家ってどうやって買うのだろう。

 

インターネットや、新聞に入っている広告、雑誌情報では実はもう遅い。

ここら辺に掲載しているものは、大体売れ残っているものが多い気がする。

見に行くと、「えーーーーここかあ」という事がとても多い。

 

で、どうするかというと、不動産屋や、工務店を回ったほうが、独自の情報を持っている場合が多い。そして、最初に良い場所を抑えることが出来る。

 

しかーし、

1000円、2000円で家は買えません。という事は、莫大な資産を差し出すとなると、やはり、どんな物件を見ても、何か不満が残る。

もう少し広ければ・・・

もう少し南寄りで・・・

商店街が遠い・・・

結婚するのと同じ、どこか妥協しないと、おそらく一生手に入らないだろう。

 

それ以外に、やはり、私のこの豆腐メンタルがもつのかという問題がある。

少なくないローンを抱える事になるし、さらに、

新しい環境は結構なストレスを生み出すことになる。

私はこれらに耐えられるのだろうか。

 

と、季節の変わり目、体調が揺らいで行く度に、決意が揺らいでいく。

「頑張れ俺、いや頑張るな俺」今日も、自家用車でこっそり仮眠しながら、

時は過ぎていく。

今日も誰かが壊れていく

斜め前のやつが一人で叫んでいる。

そう、今は仕事中、会社のある一室。

「全部俺か!!」

「これもこれも俺が全部把握しておかないといけないのか!!」

「普通、見とくだろう!あーー腹立つ!!」

机を何かでたたきつけている。

彼は、私より、何歳か下で若くして部長になった。

仕事がどう見ても過多。

叫んでいる仕事、そう誰がどう見ても、お前の仕事。

(それ、おまえが把握して、みんなに伝えなければならないんだよ。普通わ。)

と思うが、誰も言えない。出払って、数名しかいないオフィスの人達が慰めている。

 

しかし、何年前かの私を見ているようだ。全部の仕事が、彼に向って

押し寄せている。可哀そうに。今のストレスが、1~2年後、胃や腸に向かってくるぞ。俺のように、脳でないことを祈るばかりだ。

 

日本中で、今日も誰かが、壊れていく。

 

会社なんて都合で、人事が行われているので、どう考えても、無理だろうと思うような配置をして、一人の人間を廃人にしていく事がある。現場なんて、見てないから、いや見てるだろうが、彼がつぶれたら、新しい誰かが、彼のポジションになるだけだと思っているだろうな。

実際、私のポジションも、そうだったし。

 

そう、今日はネガティブ。

先週まで、薬に頼らず、絶好調だったのに、ネズミが夜に這いずり回り、

夜中に起きた時に、天井のいた彼と、目が合い、たったそれだけの恐怖で、

また寝られなくなった。

結局、土曜日にそのジェリーは、大騒ぎしながら、家から追い出したのだが、

メンタルはまた崩れていった。もろい、もろ過ぎる。私の脳みそ。

マイスリー5mm、グッドミン5mm投入。それでも、寝られない。

 

そんなこんなで、時間は過ぎていく。今日は、何とか1日をやりすごす日。

がんばれ、斜め前の部長さんよ。

 

 

 

株取引で失ったもの パート3

安倍政権誕生!!

これは、株取引者にとっては、大きな出来事だった。

みるみる塩漬けが抜け、利益を上げるようになった。

しかも、ここしかないと、先物も10枚買いという、お前は精神異常者か、

という買い方もした。

あれよあれよと資産は増えていき、年末には5000(単位は想像で)を超えた。

ここでやめておけば、今頃、もう少し精神の安定を保てたかもしれない。

しかし、結局、翌年、すべての利益を吐き出すことになった。

そう、こうやって、伸びているときはバカでも勝てる。

 

しかし、その後、こうやって伸びているときは、バカはいつもの、

「少ない利益で勝ち、でかい損失で負ける」を繰り返す。

ギリシャショックに、中国ショック、ショックが何回も繰り返すたびに、

お金とメンタルが削られていった。

5000が4000になったとき、人はどう考えるか。もうすごい勝っているのだから、

ここで止めようとは考えない。1000を取り戻すことに邁進するのだ。

 

結局、15年間株をして、踊りに踊り、収支の±は0、何も残らなかった。

親に借りた金は、もう潮時だと思い、すべて返した。

せめてもと思い、30万だけ利益を上乗せしたが。

 

収益は±0だが、失ったものは多かった。

①時間・・・15年間これに費やした時間と労力はトータルでは計り知れない。

②金・・・誌や書籍でかなりのお金を使った。

③メンタル・・・15年間で幾度となく眠れない夜を過ごした。明日俺の金がすべてなくなるかもしれないという恐怖は、言い尽くしがたい。

④髪の毛・・・上両サイドが無くなった(ただし、年の可能性もある)

 

ちなみに、今は、ニーサで自分の貯金分、配当の良いものをゆっくりと持っている。

そして、3か月に1回届く四季報を1時間だけ見ている。

 

結論。株取引は、自分のルールを守れる、強いメンタルの奴が勝つ。さらに、今までにない、自分だけのルールを確立した奴だけが勝つ。

あとの奴は、確実に働いて、金ではない幸せを享受した方がいい。

でないと、メンタルが壊れ、金もすべて失ってしまう。と思っている。

株取引の中毒性 シーズン2

ほとんどすべての貯金を入金し、2000年の後半に取引を始めた。

そう、知っている人は知っている、ITバブルの時代である。

今思えば、笑ってしまえるような、実体のない株でバカみたいに上昇し、

そして、はじけていった年でもあった。

 

何を買っていいのかさっぱりわからなかったので、雑誌に紹介されていた、

シャープと、証券会社を買った。最初はよかったのだが、徐々に下がり始めた。

そして、売り時も、買い時も分からなかった私は、すぐに塩漬けになった。

 

そう、よく考えたら、何も知らなかったのだ。得意の本を読んで研究した。

その中に、「10倍になる株を3回あてるだけで、あなたは1億円」という箇所が

目に留まった。10万→100万が→1000万→1億円!!

確かに、10倍になる株も存在する。しかし、そのほとんどは、IRを膨らますだけ

膨らませた、仕手株だった。その中にも、確かに良質の10倍株は存在する。

例えば私が持っていた中では、そう、あの「yahoo」である。

しかし、正直、10倍になるまで待てるわけもなく、30万円を手にしたら、有頂天で

手放した。

株取引者、最悪のパターン。

プラスになると、焦ってすぐに売り、マイナスになると、悲しくて売れなくなる」

どう考えても、儲けるわけがなかった。

 

しかし、バカだった私は、俺が儲けられないのは、資金が少ないからだ。

と思い込み、親を説得し、金を借りた。

「俺が、爺になって遺産をもらっても仕方がない、今くれ。イヤ貸してくれ、

そしたら倍にして返す」

これは、本気で思っていた。そして、こんなバカ息子にかなりの大金を貸してくれた。

私が家を買う時の資金にと思っていたものらしい。

 

しかし、その後は、ライブドアショックにより、自分の資金分が吹っ飛んだ。

さらに、リーマンショックで、毎日かなりの額が、自分の口座から

無くなっているのを指をくわえてみているだけだった。

しかし、この時は中国株を買っていて、BYDという銘柄が何とか

私を退場から救ってくれた。中国はこの時絶好調だったからだ。

 

毎日、仕事中に隠れて取引を行い、携帯を手放せなくなった。さらに、3.11では、

生中継で夜中、福島の原子力建屋が爆発するのを見て、目の前が真っ暗になった。

それでも、止められなかった。株価は6800円。この時、いろんなものを失った

人は多かったのではないだろうか。

 

そして、さらに中毒になっていった私は、ついに最終到達点日経先物225

手を出した。これは日経平均が100円動いただけで、

10万を手にするものすごいギャンブル性がある。しかも、一気に日経が暴落、

もしくは暴騰すれば、逆にかけていた場合すぐに追証、できなければ強制的に

損切りさせられるので、破産するのは簡単な事だった。

 

これは、1分ごとに状況が変わるので、仕事などできるはずがなかった。

休み時間などは、永遠と携帯を眺めていたような気がする。家に帰ってからも、

掲示板(今思えば笑える)の情報に左右されながら取引を行っていた。

 

しかし、そんな時、転機が訪れた。そう、安倍政権誕生!!である。

 

 

株取引は私のメンタルを破壊していった その1

男子だったらある程度、ギャンブルは好き

パンチンコ、競馬に、競輪、ボート

かけマージャンに、かけトランプ、かけ高校野球(あくまで身内で)

しかし、もっとも熱くはまるのは、株取引だ。

 

私が、高校時代ぐらいの時のパチンコは、「羽もの」というのがあり、

当たりを出して、6~8千円を稼いでいた。しかし、どんなに最短でも

2時間~3時間はかかっていた。

 

 

けっこう運に左右されることや、1日つぶしてしまうこと、また羽ものが

なくなり、金のかかる一発ドッカン方式になってから、ばかばかしくなり、競馬に

変わった。競馬は馬の血統なんかを調べ、適性を練る知的ゲームに思えた。

しかも、100円から遊べ、3分ほどで勝敗がわかるのが魅力だ。

 

大学生の時にブームがやってきて、よく週末は友達とウインズに行って、

楽しんだ。大井競馬場のナイターでグループ交際(合コン?)をしたこともある。

便利で、おしゃれなデートスポットという感じになっていた。

 

しかし、これも、社会人になり、止めた。せっかくの日曜日に、競馬新聞を握りしめている虚しさは、やはり耐え難い。趣味の域に達しない限り、ブームが去ると同時に、

気持ちも冷めていく。また、田舎にUターンしたこともあり、近くにウインズがないというのもあった。

 

そんな時に、現れたのが、株取引である。株取引は、昔から興味があって、高校時代から、新聞の経済欄の数字の羅列を、友人と眺めていた。しかし、この時はまだ、証券会社に直接行って、取引の開設をする必要があり、私のようなものには、敷居が高い気がした。とても、あの大人の場所、証券会社のドアを開けることはできなかった。

 

そんな時、革命が起きる。IT革命だ。株取引も、インターネットでできるようになった。早速、日本オンライン証券(現MSBC)、マネックス、など複数の証券会社を開き、取引を始めるようになった。

 

なぜ、株取引がそんなに魅力だったか。それは、他のギャンブルにできない大金をわずか、数年で稼げると思ったからだ。30歳で仕事をし始めた私は、すでに、仕事に縛られることに嫌気がさしていたので、35には早期リタイアできると、この時は、本気で思っていたのだ。

そう、本屋には早くも「株で1億円儲ける方法」「僕が稼いだ億トレード方法」「あなたも早期退職の夢をかなえる」とか、並んでいた。

とても、私はバカだった。