メンタル壊してからこれからの人生を考えるblog

メンタルがいかれたので、それを克服するため、または、あきらめるためによしなしごとをヅラヅラ書き連ねるブログ

病気になって考え方が結構変わった件について

発病してから、考え方が結構変わった。

それは、誰にでもあることだと思う。

重病を患った人ほど、自分の人生観は大きく変化するだろうと想像できる。

 

私の場合も、結構変わったことがある。

 

中学、高校とそこらへんに転がっている石ころと同じような、生活だった。

だから、今でいうところのリア充さんではないし、特にこれという思い出もない。

しかし、プライドばかり高く、学生の階級では下であったろうに、頭の中は、

いつも、周りの連中をバカにしていた。

そして、学生の頃、浪人して大学に入学した事が決定的となった。

つまり”振り返ったときに何もない自分を発見した時”

びっくりするほど、焦った。

 

無駄に時間を費やすことが、とても恐怖となった。

 

いつも、「何かをしなければ」「何かを手に入れなければ」と思っていた。

だから、大学入学してから10年間は、とにかく時間を無駄にしないように、

自分の好きなことを、思いっきりやった。恋愛もしたし、恋愛以上もしたし、

海外でも生活をした。さらに、よくいる2~3回死にかけた俺様武勇伝も楽勝で

披露できる。

 

これはこれで、非常に楽しかったし、今を生きるための原動力となっている。

よく言われているように、

「自分が苦しくなった時に、自分を鼓舞できるのは、過去の自分だけである。」

のようなものか。

 

しかし、年も取って、家族を得て、体が不調になり、先が見えてきたとき、

逆に、焦るのを辞めた・・・・気がする。

(今までのブログ内容は、必死やん。と言われる気がするが・・・)

 

休みを多くとるようになり、仕事を頑張らなくなった。

所詮、人間に生きる意味などあるのか?

と考えるようになったからだ。所詮あと数十年で、私は消滅する。

しかも、さらにその100年後は、誰も私のことを覚えていない。

 

この考えは、2つの答えを用意する。

①だから、好きなことをするべきだ。人生は限りなく短いのだから、悔いなく生きるべきだ。

②だから、のんびり、なるべく苦痛の無いように、生きればいいじゃん。大体苦痛は、

起こるかどうか分からない未来の事や、考えても仕方がない他人との比較による所

から生まれるのだから。

 

今、明らかに後者に近い。

しかし、まだ実践できていない。

前にも書いたが、英会話にも手を出したり、

隣の席の女の子と不倫すること想像したりして、明らかに①の感じを夢見たり

する。

人間とは、なんと、愚かな生き物か。と、いうのが、本当の答え。