メンタル壊してからこれからの人生を考えるblog

メンタルがいかれたので、それを克服するため、または慣れるためによしなしごとをヅラヅラ書き連ねるブログ

3月が過ぎて新年度になり

春を乗り切り、新年度が始まった。

相変らず、睡眠剤を飲まない日もあったが、トータルでは、

眠剤を飲む方が多かった気がする。

しかし、飲むときも、マイスリーを半分にして、様子を見て、

12時を過ぎても眠気が来ないようなら、グッドミンを投入という

方法をとった。

 

段々と、寝られる日と、寝られない日が固定されてきた。

火曜日の夜は良く寝られた。おそらく、水曜日の仕事が楽なので、

別に一睡もしなくてもいいや、という開き直りがあったと思う。

逆に、金曜日、土曜日が寝つきが悪かった。

 

いっぱい寝られる。明日は休みだ、という気持ちがかえって、プレッシャーに

なったようだ。脳って不思議。

 

だから、土曜日、日曜日は確定した約束はほとんどしなかった。

子供と映画の約束も、あしたパパが仕事が何もなかったら(実はない)、

行こうね。という風にして、絶対、行かなければならないという縛りを

無くさなければならなかった。脳ってめんどくさい。

 

だから、友達も少ない私は、かえって日曜日は家でルーティーンワークに

なっていった。朝5時に起きて(もう4時間か5時間しか寝られない)、

庭の手入れをして朝日をなるべく浴びるようにして、その後、家族の朝食

を作り、まだ寝ている家族を起こさないように、朝食を食べて、

筋トレ1時間。

トイレの掃除。

その後だらだらテレビを見て、昼に昼食。

午後には、読書と、ランニング。もしくは、子供とキャッチボールなどして遊ぶ。

こうやってみると、とてもよいマイホームパパになっている。

 

しかし、自分をコントロールできない自分にイライラしていた。

そこで、以下の事をやってみた。

1.瞑想(座り座禅)

2.ヨガ(バランスボールで自分で。やり方youtube

3.森田療法(現状を認識し、あえて何もしない)

 

はじめての森田療法 (講談社現代新書)

はじめての森田療法 (講談社現代新書)

 

 

全部、きちんとやれば、それなりに効果があったのだろうが、

すぐにやめてしまった。

 

そんな時、一冊の本に出合った。

 

依存症について

12月も終わるころには、あとは、睡眠障害だけとなった。

寝られる日もあるし、寝られない日もある。

しかし、いずれにしても6~7時間続けて、寝られなくなった。

途中で、3~5回は必ず覚醒するようになった。

 

このころになると、今日は、寝られないかもという日が分かるようになった。

その時は、迷わず、睡眠剤を飲んだ。しかし、これが続くと、飲まないと

寝られないのではないかという感覚になってくる。

 

眠剤マイスリーは、超短期型で2~3時間しか持たない。

しかも非ベンゾ系というやつで、医者も処方するときに、

「これは、目覚めもすっきりして、依存になりません」と言った。

しかし、間違いなく、これは嘘だ。

おそらく、臨床実験とか、成分とかそんなもんでは依存性はないと

しているのだろうが、患者側の精神的依存というものがある。

 

つかり、薬がないと寝られないんじゃないかという恐怖があると、

どうしても、薬に依存する。

また、薬に頼らないで寝ようとすると、寝酒で酔っ払って寝てしまえという

発想になる。今度はアルコール依存症になる。

事実、私は薬なしで寝られた場合の何例かは、酒で無理やりという事も

多かったように思う。

 

例によって、本、インターネットを駆使しして、調べてみた。

やはり、離脱症状は、非常に強く出る場合は、精神的にきつくなるらしい。

そして、薬を飲み続ける時間が伸び続け、10年も20年も続ける

事になる。その場合は、体や脳に変調をきたすことが多い。

それは、記憶が消えていく恐怖を味わった私にはよくわかる。

また、飲み続けた場合、その薬に対する耐性が出来るので、錠剤が増えるか、

更に、強い薬が必要になる。つまり、廃人にまっしぐらである。

 

よって、なるべく、抗うつ剤は止める時を考えて、飲むべきで、

眠剤は、”寝られない”という場合の、最初の選択肢であるべきではない。

よって、一回睡眠剤(たぶん抗うつ剤)に手を出した場合は、

その薬から離脱するための、覚悟が必要で、且つどうやって離脱するか

という方法を考える必要があるだろう。

 

1~3月はその事ばかり考えていた。

 

ハッキリ言って、いまだに、完璧に離脱したとはいいがたい。

次の日に、プレッシャーのかかる仕事があると、寝られないので、眠剤を投入する。

そうでなくても、例えば、息子の事で心配が、仕事のミスが、妻と喧嘩した

など、些細なことで、寝られなくなる場合もある。

こんなことは、昔からあったことだろうが、しかし、眠剤があるという

意識が働いてしまう。

 

一回手を出すと、依存症は直らないのだ。

もしかしたら、一生かもしれないと、あきらめている自分もいる。

 

 

 

 

 

ストレスについて考えた

ブログの最初に6月から、私の戦いが始まったと書いてあるが、

あとから、よくよく考えてみると、それは引き金を引いたにすぎず、

その前から、メンタルが壊れる状況にあったなと思っている。

 

メンタルに異常をきたす、もしくは体調が不良になる一番の

きっかけは、ストレスだと思う。

「免疫力」を書いた有名な医者も言っていたが、

「内部の要因で、病気になることはない、ましてや、何か食べてがん細胞が発生するなんてありえない。すべての原因はストレスである。」

と書いてある。

賛否両論のある人だが、これには一部同意せざるを得ない。

 

前年から私は、上司が退職したことをきっかけに、部長に昇進し、

かつ、今までの仕事もすべて引き継いでの事だったので、仕事がはかどらない事に

とてもイライラしていた。残業も増えた。

さらに、悪いことに、発病した3か月前の3月に、会社の従業員代表者に立候補し、

(誰もやりたがらなかったので、得意の男気スイッチ押した)

上層部と、労働規約について2日対立し、恫喝されたりして、かなり

心労が重なった。その時、悔しく2日間ぐらい寝られなかった。

その時に妻には、もうそんな役職降りなさいと叱られた。

 

そのようなことが、重なり、ちょくちょくよく睡眠の質が低下していたと、

思い当たることがある。うつ病になった人に、後日相談した時に、言われた。

「いきなり、うつ病になることは多分ない。コップの水が段々たまり、

そして、あふれた時に気が付く」

まさに、その通り、6月の2日間の結婚式は、おそらく引き金に過ぎなかった。

 

疲れや怒りはストレスを助長し、その感情は、最も悪質な

ドーパミンを出す。ドーパミンは、幸せホルモンのトレストロンを減少させる。

そして、メンタルや、体調に大きな変調をきたすようになる。という、

理解をしている。

 

何よりも気を付けなければならないのは、ストレスを溜めないようにするのに、

生活をすべきだったのである。または、ストレストレランス(耐性)を身に付ける

べきである。そのための、筋トレであり、ランニングであり、趣味である。

心療内科の先生も「何か新しい事を始めたらいいよね」というのは、

その事もあるのだろうと思っている。

 

今は、疲れたと思ったら、仕事が中途半端でも放棄する。

また、意味のない付き合いの飲み会も行かない。

逆に、温泉、マッサージには、積極的に通ううようになった。

筋トレ、ジョギングも趣味の領域に持っていければと思う。

そうやって、ストレスをなんとか溜めないように、生活をしたい。

 

12月、調子は一進一退を繰り返していた。

 

秋も深まり衝撃的な出来事が私を襲う

10月からの1か月は、かなり順調だった。

まず、確実に、抗うつ剤は止めることが出来た。

わずか、3ヵ月で克服した俺は、本が書けるのではないかとうぬぼれていた。

事実、私の状況をしてっている人には、「俺はタフ」を吹聴していた。

 

また、徐々に、睡眠剤からの離脱を始めた。

マイスリー10mmを半分に割って飲み、ダメなら、グッドミン

デバスを追加という風にしていた。

飲まなくても大丈夫な日もできたので、もしかしたらと期待した。

相変らず、覚醒は4回も5回もしたのだが。

通算で6~7時間は寝られるようになっていた。

間違いなく、良い方向に進んでいるのが実感できた。

 

そんなある日の出来事だった。

仕事場に行ったら、上司が私の肩をツンツンとつついたので、

たばこ部屋(私は吸わない)に一緒に行った。

そこで、彼は私に言った。

「お前の部下だった〇〇、ほら中国に出張に行っていったあいつ。死んだぞ。」

「宿泊所の、ベットで冷たくなっていたとさ。死因が分からなくて、現在

中国当局も調査中で、社長の決定で、まだ原因がはっきりするまで伏せておくことになった」

「お前の部下なのに、知らせないというのは理不尽だと思い話をしておくから。」

 

!!!!!!!! この話は、かなり私にとって衝撃だった。

とてもシャイだったが、いいやつで、言われたことは素直に、何でもこなそうと

する奴だった。また、それ以上に、人間ってこんなに簡単に、死ぬんだ。と思った。

しかも、俺の二周り(20年)くらい下の若者なのに・・・・・

 

この出来事は、色々な意味でショックだった。

しかも、彼の母親をある事から知っていて、彼は母一人、子一人の母子家庭である。

母親の事を思うと、非常に悲しくなった。感情だけでなく、体も異常に反応した。

実は彼の父親も、突然死だったという事は後から知った。

 

この出来事から、また夜寝られなくなった。

無駄だとは知りつつ、人生について、考えてしまった。

生きているという事に何の意味があるのか。

しかし、俺が死んでしまうと、子供たちはどうなるのだろうか。

いやまてまて、それ以上に、仕事も割としんどい、精神状態もしんどい、

むしろ死んだほうが、楽なのではないか。

 

頭をぐるぐる回り寝られない。そうすると、次の日しんどい。

さらに2日寝られないと、トラウマから、まあの状態が再発するのでは

ないかという恐怖。これらが、一度に襲ってきた。

 

しかし、ここで踏ん張ったのは、抗うつ剤には二度と手を出さなかったことだ。

眠剤だけを1か月飲み続けた。寝ることによって、次の日少しは、なんとか乗り切れた。頑張って、ジョギング、筋トレ、自律神経訓練法は続けた。

11月からの1か月は、私の中で、精神状態と戦っていた。

そのかいあって、12月になると、徐々に落ち着きを取り戻してきた。

やはり、時は癒しの力を持つなと実感した。

 

しかし、逆にこの衝撃から、学んだことがある。もし、もっと重要な人、例えば、母親、妻、子供に何らかの事件があった場合は、今は、とても耐えられない。それは、確かだった。

ランニングのお話

ランニングやウォーキングなどのリズム運動は、「うつ」に効くらしい。

これも、どの書物にも載っている定型文だ。

当然、取り入れた。

6月、7月は、階段ダッシュを馬鹿みたいに繰り返したが、

そろそろ、ドキドキが無くなって来たので、今度は、走ってみようと考えた。

8月から、筋トレの次の日はジョギングの日と決めた。

 

参考にしたのはこれ、「仕事に効く、脳を鍛える、スロージョギング」by角川新書。

ジョギングは色々効果がありますよと、鬼のように羅列してるのだが、

その中で、注目したのは、

①最近もの忘れた多くなった

②気分が落ち込み、何もする気にならないプチうつ状態

③なかなか寝付けない

④ストレスが簡単に解消できる

などに効果的という項目だった。

この辺り、すっぽり当てはまる。

前頭葉を鍛えるために、夜寝られるために、ランニングを決意した。

 

スロージョギングは最近「Tarzan」でも取り上げられることも多いが、距離を

重視するのはなく、時間で走る距離を管理する。また、時速6~7kmを

目安に、会話ができるくらいのゆっくりとしたペースで走るのを、ポイント

としている。

 

早速形から入る私は、ランニングシューズを買いに、スポーツ店に行くと、

びっくりするくらいに、シューズ、ウェアなどのスペースが拡充されていた。

世の中どうもランニングブームらしい。そういえば、東京マラソンなど、

あれだけ人が集まるのは、うなずける。

とにかく、日本信仰の私は、シューズは「アシックス」と意味もなく決めていたの

で、new yorkを買った。かっこよかったので、何か気分があがる。

この後、筋トレと一緒で、ランニングアイテムが増えて行った。

 

 

早速走ってみた。正直、最初は、本当にきつかった。15分でもうバテバテだった。

それが、スローで走ること、フォアフット(かかとではなく、前足で着地)を

基本にするとあら不思議、どんどん、距離が伸びて行った。

1時間は余裕で走れるようになり、約8~10kmの距離を走るようになった。

 

走ってみて、気が付いたことがあった。ジョギングをしている人は三種類いる。

1.ちょっと中年や、年配の人が自分の健康のためにゆっくりと走っている人

2.高校生ぐらい、もしくは若者が、自分の運動能力を高めるか、来るべき大会に

備え、本気で走っている人たち。

 

そして、もう一種類。「明らかに、メンタル、体調に何らかの問題を抱え、

それを克服するために、走っている人」である。

ガンの手術をした人が、免疫を上げるために、ランニングを取り入れるというのは、

よく聞く話だ。しかし、それ以上に、メンタル(うつやパニック)に異常を抱えて

いる人たちも、かなりいると感じた。

それが、走っているとき、すれ違うとわかるようになった。

簡単な見分け方は、「おっさんで、よれよれのTシャツで、苦しそうに走っている人」これ、大体、うつ病の人。

すれ違うたびに、心の中で、「頑張ろうぜ」と励ましていた。

 

とにかく、これが、本当に「うつ」に効いたかどうかは分からないが、走り終わったときは、

すっきりした気にはなった。

こうやって、8月は過ぎて行った。

そして、休みが終わり、8月の終わりに仕事に復帰した。

 

なるべく、仕事は逃げるようにした。

もう職歴も、年齢も、ベテランの域に入っていたので、しんどいな~と思ったら、若手に振った。

さらに、以前は、「それなら僕がやってやりますよ」という自分で言うのも

何だが、仕事ができる一目置かれる人を演じていくために、度々押していた、

”男気スイッチ”をどこかに捨てた。

なるべく、なるべく穏便に過ごす。

そして、隙を見つけては、駐車場に置いてある自家用車で仮眠をとった。

文章にすると、明るい感じになるが、この時は本当に必死だった。

いつ、自分がいつ壊れるか、びくびくしていた。

夜も相変わらず恐怖だった。

 

そして、来たるべき秋を乗り越えようとした。そして、最初は、順調だった。

あの日が来るまでは。

男の更年期

同僚の女の子の話から、調べ癖のある私は、図書室、インターネットを

駆使して、調べてみた。そうすると、汗をかく、動悸がする、不眠など

なんか当てはまるところがあるような気がした。

 

そこで、男性更年期障害の診察をしている、泌尿器科のクリニックに行った。

簡単なアンケートをとり、血液検査を受けた。

また、頻繁に覚醒するという事で、私のジュニアにジェルを塗って、

エコーで調べ、さらに、肛門に指を突っ込まれた。

これはさすがに、「うっ」となった。

医者だけでやってくれたので、あまり恥ずかしさはなかったが、

初めての経験で、少し焦った。

医者は、「少し肥大しているようですが、問題ないでしょう」

という話だった。

 

さらに2週間後、結果を聞いたら、やはり、男性ホルモン(テストステロン)

が減少しているようだった。

そこで、男性ホルモンを尻にホルモン注射をしてもらった。

 

嬉しい結果もある。血液検査は、様々な数値が出ていたが、その中で、

毎年高かった、中性脂肪と、肝臓の数値が大幅に改善されているのがうれしかった。

そりゃそうだろう、酒も飲まず、馬鹿みたいに筋トレ、階段ダッシュを繰り返し、

夜は、9:30には寝床に入る。・・・・・健康すぎる。

 

さらに1週間後、再度調べてみた。

そうすると、なんと、なんと、なんと、逆にホルモンがさらに減っていた。

医者の話だと、

「男性ホルモンを注入すると、逆に体がもう作らなくていいのだと思い、

減ることもある」

という話だった。

正直、なんじゃこりゃ。と思って、二度と行かなかった。

 

やはり、自分で何とかするしかないのだと、決意した。

8月からの恐怖

8月、徐々に不安感がなくなってきた。

それとともに、大好きな酒も徐々に飲み始めた。

しかし、最もしんどかったのは、明確な不眠症になったからだ。

”明確な”と書いたのは、それまでも、寝つきの良いほうでは決してなかった。

しかし、不眠症だと意識したのは、これが初めてだったからだ。

とにかく、夜が恐怖だった。

 

さらにしんどかったのは、マイスリーと、デバスを飲み始めて、2時間から、

三時間かかっても一応寝られたが、夜に覚醒するようになった。

特にひどいときは、90分ぐらいに1回覚醒するようになった。

6時間寝るとしたら、4回は覚醒した。

8月はほとんど年休で休んていて仕事の予定もないにもかかわらず、

寝られないというのは、自分をイライラさせた。

夜の恐怖と、朝の目覚めの不快感に、この1か月は地獄のようだった。

 

最も、恐怖だったのが、どう考えても、記憶力が異常になくなっている

ことに気が付いた。寝不足のためか、薬のせいか、顧客の名前が全く

出てこなくなった。明らかに、昨日まで呼んでいた名前が出てこなく

なった。

これには、焦った。

そして、調べてみると、やはり抗うつ剤や、

眠剤には、認知症のリスクが数倍高まるという記載を見つけたときは、

震えた。

 

そこで、6月から定期的に通っていた、心療内科の医者に相談した。

不安感はないので、薬をやめたい、しかし睡眠のほう途中覚醒をして

しんどいということを訴えた。すると人のよさそうに見えるお医者さんは、

にっこりと笑って、

抗うつ剤は、もう少し続けましょう。あと、睡眠導入剤には、

もう少し効き目の長いやつを出しておきます。」

と言われた。

 

マイスリーは、睡眠導入剤のなかでも短期型で、効き目はすぐに来るが、

2~3時間しか持たないといわている。そこで、中期型のグットミン

という名前の睡眠導入剤を処方された。

 

8月22日のお薬手帳を振り返ってみると、

ジェイゾロフト50mg       2錠

ゾルピデムマイスリー)10mg  1錠

エチゾラムデパス)0.5mg   2錠

トラゾドン(アメル)25mg    1錠

レンドルミングッドミン)     1錠

 

この薬の量を見て、さすがに愕然となった。この量を飲み続けるのは、

さすがにまずいだろうと思った。

 

そこで、まずは、どうも副作用として寝られなくしてる原因ではないか

と推測した(睡眠剤と間違えて飲んだ時、一睡もできなかった)、

ジェイゾロフト2錠を朝、1錠に変えた。

 

そして、どんなに覚醒しても、夜飲むのは、我慢してマイスリーのみに

した。(時々、夜1時まで寝られなかったらグッドミン追加)

デパスは、精神安定剤だが、きっぱりとやめた。

8月に入り、それほどドキドキ感がなくなっていたのと、どうせ仕事はないのだから、押さえつける必要がないだろうと思ったからだ。

 

結果から言うと、だんだん少なくしていって、ジェイゾロフトは止めることができた。

また、デパスもこれ日以来、全く飲んでいない。

マイスリーだけなら、近所の内科で処方してもらえるのだから、心療内科に行く必要がなくなった。

そう、薬の量に恐ろしくなった、この日から心療内科にはいかなくなった。

 

また、同僚の受付のおねーちゃんの一言も、決意した理由だった。

受付の女の子とは、年も近いことがあって、冗談を言い合う仲だった。

「最近どう?なんか疲れている感じ。」と声をかけられたときに、

うつ病なんだよね。パニック障害かもしれん。」と彼女に仕事仲間で

初めて告白した。

 

そうすると、普段の冗談ばかり言っている私には、そぐわないようで、

「うそ~(ワラ、ワラ、ワラ)」という感じだった。

そして、こう言った。

「私の友達に、パニック障害の子いるけど、その子は、店のレジに

並べないらしいよ。あと、うつ病の子も知ってるけど、

朝起きれなくなるらしい、伏せたまま何も動けず、涙があふれてくる

らしいよ。あなたどう?」

「普通あなたみたいに、うつ病だったら、絶対、うつ病のことを調べよう

としたり、改善しようと、努力しようとすることはないんじゃない。」

「おそらく、あなた更年期障害じゃない?女性ばかり注目されている

けど、男の更年期障害ってしんどいらしいよ。調べてみたら?」

 

更年期障害!! そう、更年期障害かもしれない。

更年期障害が、抗うつ剤は確かに、おかしい。ということで、

きっぱりと気持ちの整理がついて、抗うつ剤は離脱した。

そして、さっそく、泌尿器科でそれが調べられるということで、

病院も予約した。